宇陀松山
デザインブック
奈良女子大学 監修
町家の変遷
重伝建の魅力は、古い町並みが面的に残っているため、様々な時代の民家が見られることです。2階の階高に注目してみてください。2階は、元は物置で、人が過ごすことは想定されませんでしたが、時代が下ると人が入る居室となります。そのため、2階が高くなる傾向があります。また、宇陀松山地区では、後世に2階を増築している町家も多いです。
2階の虫籠窓や、卯建等、時代が下るほど、総じて巨大化する傾向が一般に読み取れます。皆さんも、時代ごとの変化を発見してみてください。
江戸中期(I3)
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2
3
3
- ①
- シンプルな虫籠窓
- ②
- 古いものは2階が低い
- ③
- 江戸後期以降には格子の上に、装飾的な格子が付けられるようになりますが、江戸中期にはシンプルな格子のみが並びます。
江戸後期(28)
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- ①
- 縦向きの虫籠窓、横向きの虫籠窓など、バリエーションが豊富になります
- ②
- 木の格子
- ③
- 卯建が作られますが、昭和のものと比べてまだ小型です。
- ④
- 江戸後期
- ⑤
- 昭和58年に2階を増築しています。
- ⑥
- 江戸末期と、昭和に増築された部分
明治前期(4)
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- ①
- 細い格子(この奥に接客の座敷がある)と②太い格子(座敷に比べて角が低い部屋がある)があり、内部の部屋の格式が外部に表現されています。
大正(I5)
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1
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3
4
料理旅館(後に診療所に変化)だったため、意匠が凝らされています。
- ①
- ここには複雑な形の格子がはめられ、華やかさを演出しています
- ②
- 正面側に入母屋造屋根が見えます
- ③
- 完全な2階建て
- ④
- 腰壁のガラス窓が現れる
昭和(I7)
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- ①
- 屋根の手前まで卯建が巨大化
- ②
- 漆喰の枠の中に木の格子を入れた趣向を凝らしたもの
- ③
- 2階が非常に高く、完全に居室化したことがわかります。
- ④
- 巨大な花こう岩の腰壁
図 建築年代と2階高さの関係
(時代が下るほど2階の高さが高くなることがわかります)
大正時代からは、洋館も建てられました。瓦屋根があり和洋折衷のデザインです。
大和棟の町家や、オリジナルな意匠を持つ住宅もみられます。
参考:デザインブック原本
町家の特徴
間取り
町家は、一般的に、土間に沿うように居室を入り口から奥にかけて並べる傾向があります。宇陀松山地区では、1列3室型や1列4室型、2列6室型など様々な間取りがみられます(図3-9)。下図は、3列の居室が土間に沿って2列並ぶ「2列6室型」の間取り図です。
土間を挟んで居室と反対側にシモミセ(ミセノマの補助や物置として使う部屋)を持つ町家もみられます。宇陀松山地区では様々な間取りがみられますが、中でも1列○室型と2列シモミセ付型の間取りが比較的多くみられます。
片入母屋
屋根の片側を入母屋造屋根とし、その反対側を切妻造屋根にするものを、片入母屋と呼びます。宇陀松山地区では、交差点に面する町家に片入母屋があります。入母屋が良く見える交差点側に向くことから、入母屋を見せようとしたことが分かります。
下の写真のように、直交する道が神社の参道であり、その参道の奥には入母屋造屋根の神社があります。この神社の屋根に呼応するように、交差点の民家の入母屋造屋根が作られます。
1
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- ①
- 北側が切妻造屋根
- ②
- 南の交差点側(=神社の参道側)が入母屋造屋根
- ③
- 神社の参道
- ④
- 神社の入母屋造屋根
虫籠窓
一軒の町家に、形状や文様が異なる複数種類の虫籠窓があります。一様の形だとつまらないので、外観に変化をもたせようとしたのでしょう。以下は明治時代前期の町家(71)です。
外観要素の名称について
宇陀松山地区の町家は、切妻造屋根が多くみられます。地区内には、格子、虫籠窓、持ち送りなどの伝統的な町家の外観要素が数多く残っています。
次ページからは、その伝統的な外観要素の特徴について具体的に紹介していきます。
参考:デザインブック原本
格子
格子は、外部と内部をゆるやかに仕切ります。格子は、室内からは外の様子が良く見える一方、外からは室内が見えにくい特徴があります。また、日光を取り入れたり、風を通したり出来ます。
この地区の特徴は、一つの家に様々な形の格子があることです。薬の館に絞っても、①〜④の4種類の格子が使われます。格子の太さは部屋の用途によって、異なります。太い格子は土間などに使われ、部屋の格式が高くなると、細く、意匠の凝らした格子が使われます。
薬の館 格子の図面
太い格子
組子が太い格子は、「格子の見つけ幅が50ミリ以上のものを太格子」と定義されます。主に土間やシモミセの外部に使われます。そのため、住宅の玄関の隣に良くみられます。
また、横桟の入る間隔が、町家によって異なります。例えば、格子全体の枠に対し、横桟が等間隔に入る例(A〜C)や、地面から1mほどの高さの位置に横桟が二本セットで入る例(D〜F)がみられます。
参考:日本民俗建築学会『写真でみる民家大事典』(柏書房, 2005, p.63)/川島宙次『民家のデザイン』(相模書房, 平成元年第2刷, p.56)/調査報告書 p.18
参考:デザインブック原本
細い格子
見つけ幅が「15ミリから35ミリの」*1格子が調査報告書で細格子と定義されます。組子が細い格子は、座敷の外部に多く使用されます。居室の外部に使用される例もあります。
細い格子は、様々な意匠が凝らされます。宇陀松山地区では、縦の組子が上から下まで通ったシンプルな格子の他に、切子格子(G-I)や上部が装飾的な格子(J-L)がみられます。組子の太さが異なる格子(E, H)や、縦の組子の間隔が異なる格子(F, I)もあります。
また、横桟の間隔も家により異なります。等間隔のもの(A, D)が多いですが、地面に近い部分のみ横桟の間隔が狭い格子(B, C)もみられます。これは、江戸時代の町家に多いです。
親子格子
「組子の太さが異なる2種類を組合わせた格子」*2を親子格子といいます。
吹き寄せ格子
「組子を数本おきに間引いた構造の格子」*3を吹き寄せ格子といいます。
雨戸を閉まっておく戸袋を持つ町家もあります。宇陀松山地区では、一枚板を使用したものや、看板が付いたものなど、個性的なデザインもみられます。
切子格子
切子格子は、長い組子と短い組子を組み合わせた格子のことをいいます。縦の組子の組み合わせ方、組子の間隔にバリエーションがあります。
宇陀松山地区で一般的な切子格子
長い組子と短い組子が交互に並ぶ
宇陀松山地区でみられる他の切子格子
親子切子格子
「親か子の組子の上部が切れている格子」*4を親子切子格子といいます。
吹き寄せ切子格子
「縦の組子を数本おきに間引いており、なおかつ上部が切れている格子」*5を吹き寄せ切子格子といいます。
*1-5 引用:調査報告書 p.18
参考:デザインブック原本
上部の組子の組み方が装飾的な格子
主に座敷に使われます。江戸、明治時代の町家にみられます。
宇陀松山地区に残る江戸中期の町家2軒には、上部の組子の組み方が装飾的な格子は見られません。座敷玄関を持つような規模の大きな家に使用される例が多いと推測されます。
スリアゲ戸
宇陀松山地区では、町家の表構えは、戸を上下に開閉するスリアゲ戸が一般的でしたが、明治初年以降にスリアゲ戸から格子へと替わっていきます。スリアゲ戸から格子へ変化したのには、商いが変化したため、採光を確保したかったためなど、様々な要因が考えられます*1。
現在スリアゲ戸が残る町家は一軒のみですが、痕跡が残る町家は複数あります。
腰壁のガラス窓
時代が下ると、地面から1mほどの腰壁が立ち、その上部に木製や金属製の格子が付けられるようになります。腰壁の部分は、大きな1枚の石が使われることもあります。
上部が装飾的な格子がみられます。
*1 引用:調査報告書 pp.21-22
参考:デザインブック原本
二階の窓
虫籠窓
2階に設けられる格子状の窓のこと。虫籠のように見えることから、この名前が付けられました。
宇陀松山地区では、四角の窓以外に、丸い形(D)や瓜型(CG)の窓など、様々な形の虫籠窓があります。四角で縦の組子が入った虫籠窓のうち、地区内では窓の中央の組子のみが太いもの(E,K)が多くみられます。
中央の組子が太い虫籠窓は、外枠が設けられる(E)ことが多いようです。
また、窓に外枠がないシンプルな虫籠窓や、角が丸い窓(B,J)は、江戸時代の町家に多くみられます。
窓の大きさは、時代が下ると大きくなる傾向があり、近代以降はガラス窓が普及します。窓の大きさは大正時代以降は特に大きくなります。これは、時代により2階の高さが変化することに関係します。江戸時代中期は2階が居室でないため、2階の高さが低いですが、時代が下るごとに居室化が進み、人が入れるように2階の高さが高くなります。それに従い、窓も大きくなるのです。
枠の内側の輪郭
枠の外側の輪郭
組子の太さ
組子の並び方
参考:デザインブック原本
虫籠窓
角形(内側)・角丸形(外側)
横向きの組子
木瓜型
丸型
中心に1本太い組子
隅切型
木瓜型
斜めに交差する組子
縁飾型(?)
角丸形
中心に1本太い組子
格子入りの窓
2階の窓には、虫籠窓以外に、格子を取り付ける窓もみられます。
ガラス窓
かつては、大きな1枚のガラスを作ることが困難で、小さなガラスを組み合わせてガラス窓を作っていました。そのため、ガラスの割り付け方によって、ガラス窓は様々な形をしています。
オリジナルな事例として、縦長の木瓜型のガラス窓もみられました。
宇陀松山地区には、町家の前に水路があります。地元の方は「前川」と呼んでいます*1。流れる水は水量が多く、せせらぎの音に風情を感じます。
*1 参照 調査報告書のp.49
参考:デザインブック原本
袖卯建
「卯建」は一般的に、建物の両端だけ屋根を高くして、小屋根を付けたものを指します。「板屋根の端の保護」*1が、やがて家の格の建築的な表現として*2使われるようになったといわれます。「防火の役目をもつ」*3という説もあります。「うだつがあがらない」という言葉が残っているのは前者の名残です。
「袖卯建」は、2階の壁面の両側に取り付けられた壁のことで、家格の象徴で、本来の卯建と違い、屋根の上ではなく下につけられます。道から良く見えるように屋根の下につくのでしょう。袖卯建は「目隠しの目的」*4があるともいわれます。
宇陀松山地区では、「袖卯建」を持つ町家がみられます。特に、板状で、上広がりの台形の袖卯建(A-J)が多いです。また、数は少ないですが、長方形のもの(O,P)や、屋根の上にあり上部に瓦屋根がついた袖卯建(L-N)もみられます。袖卯建を持つ町家は、江戸時代の建築が多いです。
また、ほとんどの袖卯建の中央に、家紋や文様が入っています。袖卯建の中央に設けられた帯状の装飾は、大正時代以降みられなくなります。
宇陀松山地区で一般的な台形の形
宇陀松山地区の町家には、袖卯建が2階の中央付近にも設けられる事例があり、後世の改造(2軒を1軒につなげた)の結果だと考えられます。
宇陀松山地区では珍しい形
屋根の上にある袖卯建
屋根の上にある袖卯建
屋根の上にある袖卯建
長方形
長方形
特殊な形
*1,2 引用:日本民俗建築学会『写真でみる民家大事典』(柏書房,2005,p.77)
*3 引用:調査報告書のp.19
*4 引用:『建築大辞典 第2版<普及版>』(彰国社,1999 第5刷,p.950)
参考:デザインブック原本
幕板
準備中
持ち送り
準備中
出入口・座敷玄関
準備中
駒寄せ・犬矢来・煙出し
準備中
瓦
準備中
軒裏
準備中
外壁・修景事例
準備中