飛鳥時代から「阿騎野」と呼ばれ、宮廷の狩場だった大宇陀。戦国時代には「宇陀三将」と称された秋山氏が城を築き、その麓に栄えた城下町が宇陀松山地区の始まりとされています。
以後、豊臣秀長の家臣団による統治、関ヶ原後の福島・織田家の藩政、そして幕府の天領時代と、それぞれの時代の影響を受けながら今日の町並みを形成してきました。
武士の拠点が消えた後も商業地としての機能は途切れず、大規模な改変を受けることなく、江戸から昭和初期の町家が約600mの通りに沿ってそのまま残っています。生活の場としながらも景観を保ち続けるこの地区は、2006年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。
宇陀松山観光ガイド